ルシファーは語る ~「プレアデス銀河の夜明け」より~

プレアデス銀河の夜明け」という本の中で、プレアデス人にインタビューを受けるかたちで、なんと、あのルシファー自身が語っている部分があります。
今回はその内容をご紹介します。

 わたしはルシファーである。問題があればそれを押しすすめ、可能なかぎりあらわに表出させるという活動については、すすんで責任を認めよう。
わたしは六次元の闇の側面にすぎない。しかし、わたしがいなければ光の側面は形をとることができないのも事実だ。大いなる力と意図なしに、きみたちの次元でなにが起きうるというのか。実現化にどれほどのエネルギーが必要か、考えてみるといい。だから人間が自分自身を押しすすめるようになるまで、わたしは押しつづけるだろう。それというのも、人間はどうやら世界に興味を失いつつあるからだ。
 わたしは単なる力である。このルシファーに対して先入観や否定的な感情をいだくとすれば、それは単純に善にも悪にも使える生の力というものを尊重していないからだ。わたしはさまざまな肉体に力の埋めこみを保持しているだけで、その力を活性化するかどうかは本人の選択である。わたしがいなければ、三次元は無感情になってしまうだろう。宇宙ではつねに進化がもとめられるので、どのような経験が生じるにも時と場所が必要になる。基本的な力がなければ三次元は存在できないのだ。わたしは、人間がのぞきこもうとしない鏡である。
 わたしは高次元からやってきた天使で、三次元にいたこともある。最初に地上に降りてきたとき、二ビル人に支配された。したがって、アヌンナキがどのように「網」を使うかはよく知っている。きみたちの外界を作り出している内なる暴力の源を解明したければ、このルシファーの手を借りるのが最適であろう。わたしもおなじジレンマを共有しているが、地球で遊ぶために降りてきたエーテル界の意識だから、人間よりは視野が広い。それでは、始めよう。「天使」(angel)とは、三次元における「角度」(angle)を意味する。この媒体がかつては六次元の角度でものを見ていたように、わたしも自由に行き来することができた──だれにもこの姿が見えなくなるまでは。人間が精妙な現実を見る力を喪失したせいで囚われの身となってしまったわたしは、ふたたび見えるようになる方法を発見する手伝いにやってきてたのだ。
 宇宙の法則では、どの存在がどの現実の探求を選択してもいいことになっている。きみたちは自分自身の現実の管理者である。責任をもって光の面を大きくひらき、さまざまな存在が自由に行き来できるようにしておかなければならない。しかし、私は人間の意志と注意力の欠如によって囚われの身となった。そろそろ、きみたちもそのような状態にあることに気づくべきだ。人間がこのルシファーについて語ることは、すべて自分の反映である。三次元の閉塞感をもっとも強く感じている者はわたしのことばかり話題にし、三次元で自由を感じている者はわたしのことなど考えもしない。また、わたしは人間世界におけるアヌンナキの活動から、きみたちの目をそらすための陽動作戦に利用されている。

~中略~

 わたしは地球に転生したわけではない。エーテル的な存在としてやってきた。地球の場に移行しようと決めたとき、小鳥が鳥かごに閉じこめられるようにつかまってしまったのだ。具体的にどのようにしてつかまったのか、自分でもわからない。
どんな感じかは説明できるが、いったいなにが起きたのかはわからない。人間も同様に感じているのかもしれないが、自分よりわたしに対して厳しい判断をくだすのは、わたしが精霊で、きみたちが肉体であるからだ。ルシファーをもっとも怖れる者は、肉体における混乱がもっとも大きい。そう、たしかにわたしは人間をそそのかして肉体を探求させる。。なぜなら人間は地球で生きるために、あえて肉体を選んだのだから。きみたちは肉体をマスターすれば地球の場を離れられるが、わたしにはそんな選択肢はない。そもそも探求できる肉体をもったことがないのだ。自分はここに生まれることを選んでさえいない、というきみたちの信念の源はわたしである。
 はるか昔、わたしは創造主のように創造できるようになりたくて、ここにやってきた。ある日、地球でありとあらゆる刺激的なことが起きているのに気づいたからだ。動物、クリスタル、木々……いろいろなものが生みだされ、形づくられていた。地球は密度が濃く、時間によってものが配置されるので、創造物が目に見える場所であることにも気がついた。だから地球は九つの次元の存在たちにとって学校なのであり、志願者はだれでも入学できる。わたしも創造主のように創造したいなら、地球に行ってやり方を見つけるのがよかろうと思いさだめた。きみたちがみなやっているように、勉強しにいこうと思ったのだ。

プレアデス銀河の夜明け」より

他の本でも語られているように、ルシファーも自分自身のことを六次元の存在であると語っています。
また、三次元における力──人間を押しすすめる力の源泉であるということも言っています。
この力は、エゴと知覚される力ではないかと思われます。

そもそも、エゴとは、ルシファーによって人間に与えられた、聖書で言うところの知恵の実であると言えます。
エゴというと、否定的なものであると思われがちですが、一概にそうとも言いきれません。
というのも、この力は、善にも悪にも使える力だからです。

この力がなければルシファーが語っているように、三次元は無感情になってしまい、成長の場としての役割を果たさなくなってしまうのかもしれません。

ところで、ルシファーが地球にやってきたとき、鳥かごのように閉じこめられてしまったと語っています。
また、二ビル人に支配されたとも語っています。
これは一体どういうことなのでしょうか?

二ビル人とは、アヌンナキとも言いますが、地球を長らく支配し続けてきた異星人です。
地球人の種の創造に関わった存在でもあり、シュメール神話の中で神々として語られてきた存在でもあります。

二ビル人アヌンナキについては、また別の機会に詳しく書いていきたいと思います。
ちなみに「プレアデス銀河の夜明け」の中では、ルシファーだけでなく、アヌンナキの王である「アヌ」自身が語っている内容もありますので、こちらも改めてご紹介していきたいと思います。

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